2008年05月05日

衝撃の書『片づけられない女たち』

 大ベストセラーになった『片づけられない女たち』、私も衝撃を受けた一人です。たった8年前の(日本語版)出版なんですね…遠い昔のように感じます。この本に出会って、世の中の見え方がひっくり返ってしまったのですから(感慨)。

 書名に惹かれて、ぱらぱらと中身を見てみたところ、「これは私だ!私自身だ!!」と感じる記述のオンパレード。驚愕でした。
 そして「片づけられない」が「症候群」である…遅刻する、失くす、段取りが悪い、何事もうまく運ばない、私なんてダメだという低い自己評価、抑鬱的な感情、不幸感などなど現象の複合的セットだということも、初めての認識でした。それまで個別に悩んでいた問題たちが、すっと一本の糸で結ばれ、「そうだったのか」と目から鱗が落ちました。
 「片付け」が単なる家事の一種、瑣末な日常事ではなく、精神の根幹の露呈であるという視点も、カルチャーショックでした。それまでも薄々直感していた「家の片づけ状態は、精神状態と相関している」が、初めて論理的に明かされたような感じでした。
 そして、「自分は病気ではないか」と真剣に考えました。薬で治るものなら、薬で治したいと思いました。…というか、「薬くれ〜!」という感じ(^^;

 しかし、精読すると、「病気かどうかは、素人判断はできず、専門医による診断が不可欠」「病気だと思っている人のほとんどは病気ではない」と何度も強調されています。よーく読むと当てはまっていない部分もあるような気がします。
 わざわざ専門病院を探すのも億劫で、その挙句「病気じゃありません」と診断されるのもバカらしいし、「薬を飲んで、夢のような解決♪」と色めきたった気持ちも、しぼんでいきました。

 片づけられない「女たち」なのは、「女性は片づけがちゃんとできるべき」という社会規範があり、そのため「女なのにできないなんて」と罪悪感に苛まれ、自己評価が下がるゆえに、さまざまな二次障害を引き起こしがちである、という点に焦点を当ててのことです。
 しかし、私の育った環境は「女らしさ」を要求しなかった…「女なんだから○○しなさい、××しちゃだめ」と強制しなかったし、もししても「そんなの古いよ!私には関係ない」とはねつけるようなお転婆(^^;だったので、「社会規範から外れてミジメ」という精神的抑圧はまったく感じずに済んでいたのが、不幸中の幸いでした。
 いいことじゃないですが、高度経済成長期・学歴社会の真っ只中で、男の子も女の子も勉強さえできれば(あとはどうでも)いい、という風潮が強かった。「きちんとした生活習慣」…かつては「躾」と呼ばれていたものを身に着けることが軽んじられていたように思います。
 今は、男性女性問わず、片づける「べし」という規範論に回帰するのではなく、片づけないことは自分自身を大切にしないこと、ものごとがうまく運ばない元凶、として認識するべき時代だと思います。

 この本をきっかけに、かつては個々人ばらばらに「こんなサイテーなのは自分だけ」と悩みを抱え込んでいたものが明るみに出、「片付けられない」男女が一群の層、しばしば見られる類型(タイプ)としてクローズアップされるようになりました。
 雨後の筍のように「お片付け本」が急成長し、後に「ゴミ屋敷」がマスメディアで面白おかしく取り上げられるようになる下地にもなっているのではないかと感じます。辰巳渚さんの『捨てる!技術』と出版時期がほぼ同時、ということを見ると、一つの社会現象、と言えるのかもしれません。

 誤読や無理解も多い本です。訳本ゆえ、日本では当てはまらなかったり、フィーリングがしっくりこない面もあります。“先駆”なので、後続本たちの持つ洗練や充実には勝てない面もあります。「病気」を主軸において書かれているので、「病気じゃないけど限りなく病気に近い」生活習慣病的片付けられなさで苦しんでいる人には、助けにならない点もあります。アマゾンでの書評がほとんど4に集中している(しかもどちらかというと下より)のも分かる気がします。
 しかし、それ以前は「個人の問題」「心がけの問題」と思われていた「片付けられない」現象を、「身体問題」「社会的障害」として問い直し、一般論としてクローズアップした価値は、大きいと思います。
 私に与えたインパクトは計り知れないものがあります。もっと早く…若くて未婚のうちに知って、ましな人生にしていたかったなー(苦笑)。

 「片づけられない症候群」の原題のdesease of disorderのdeseaseは、病、病気、障害の意。disorderは一応「片づけられない」と訳してありますが、order=秩序、順番、命じられたこと、がdis=否定=ダメ、できない、障害されているという、掛け言葉になっています。原語で読むと、「家を片付ける(=空間の管理)」という狭い意味だけでなく、遅刻する(=時間の管理)、人間関係が下手である(=対人関係の管理)、段取りが下手である(=状況の管理)など、ありとあらゆる秩序付け=orderが下手である、という本質がよく分かるようになっています。
 この「すべて根底はつながって一つである」という発見、指摘が、この本の真骨頂だと思います。
 私の主張する、片付けと「運」「幸福感」「人生」のリンクという発想は、この「つながっている」という気づきに基礎(ベース)があります。汚さ=本来あるべき状態にすることができていない=disorderは、全てのうまくいかなさの元凶である、という発想は、この本が源流になっています。

 薄々悩んでいる、程度の人には要らない本かもしれません。重症で、深く悩んでいる人は、一度は目を通しておいていいと思います。すでに読んでる人も多いかな(^^; 図書館にもよくおいてあります。
posted by eribow at 10:30| Comment(0) | TrackBack(0) | ADHD | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。